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【連載】檀家信徒の皆様へ近況報告と法話 第82回
2026.09.01
今年の夏休みは如何でしたか。
暑さが例年より多少マシな分、お盆のお参りは若干多かったように感じます。
一方で、娘たちも親と外出するという年でもなくなってきたため家族で食事、のような機会は減少傾向にあります。
そうすると比重が増えてくるのが仕事のほう、特に社労士事務所は一周年となったので段々と仕事も増えて参りました。
ここ数年で生活のスタイルも大分に変わりました、おそらく皆様も同様のことは往々にしてあると思います。
育児も介護もずっと続くわけではないですし、数年でまた転機はあるでしょう。
そんな中であっても、ぜひお盆やお彼岸等、皆様集まる機会には顔を合わせて一族の結束を図っていただければ幸いです。
何かと価値観も変化し近所でも互助のような関係が希薄になりつつあるこの頃、せめてお身内の間だけでも頼り頼れる間柄であるのは価値のあることだと思います。
そうした結束の一助として仏事も活用していただきたく存じます。
そんな今月の法話ですが、上と一見矛盾するようなお話を紹介します。
何度か出しているお釈迦様の語録『スッタニパータ』にこんな言葉があります。
「犀の角のようにただ独り歩め。」
これはちょっとした比喩表現で「サイの角のように他から離れて一人となり、周囲の雑音に惑わされず孤独に歩みなさい」といったところです。
人間関係は古くから悩みの種にもなりがちで、執着を生むこともあります。
そのため、修行のためには一度そうしたものから距離を置いて孤独に突き進むというのは確かに大事なことかもしれません。
しかし、この言葉には前の部分もあります。
「学識ゆたかで真理をわきまえ、高邁・明敏な友と交われ。いろいろと為になることがらを知り、疑惑を去って、犀の角のようにただ独り歩め。」
これ以前・以後もあるのですが長くなるのでここまでとします。
惑わしたり執着を生むような関係性から離れるのを勧める一方で、優れた友との交流は重視しています。
一行で矛盾しているように感じるかもしれませんが、どちらも重要なことであると理解できます。
これらのうまい具合でのバランスが現代で生きていく上でも重要といえるでしょう。
馴れ合いと優れた見識を学ぶことはまったく別モノです。
お彼岸のお参りの際にはぜひ優れた先人の言葉を思い出しつつ、それを友として自らの資にしていただければと思います。
