浄土宗 槃舟山易往院願生寺

よくあるご質問

教義や仏教について

浄土宗の教義とは?

阿弥陀仏のあらゆる人への救いを信じ、「南無阿弥陀仏」のお念仏を称え、極楽浄土に生まれること(往生)を願うものです。

ご本尊について知りたい。

浄土宗の本尊は阿弥陀如来です。「南無阿弥陀仏」の名号を唱え、その救いにすがった衆生を全て極楽浄土へ導いてくださいます。二本の指で丸を作ったような手の形は「来迎印(らいごういん)」といわれ、阿弥陀如来が極楽浄土へお迎えに来てくれたことを示します。

また、如来像なので穏やかな表情と、装飾品がついていないことも特徴のひとつです。当山の阿弥陀如来像は開山の証蓮社誠誉上人尋西永閑大和尚(しょうれんじゃじょうよしょうにんじんさいようかんだいかしょう)が現在の広島県より持参したもので、聖徳太子作との伝も残っています。

お数珠は何のために必要?

念珠ともいい、読んで字の如く珠をつまいで念仏などの回数を数えるものです。信仰を常に忘れないため、先祖供養などの際以外もお持ちいただいて問題ありません。二連になっている日課数珠、一連の略式数珠、どちらをお持ちいただいて構いません。合掌のときは両親指にかけて手前に垂らし、それ以外のときは左手首にかけてお持ちください。

何故お念仏は10回?

浄土三部経といわれる、浄土宗の根拠となる経典うちの1つ『観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)』には「至心(ししん)に声をして絶えざらしめ、十念を具足して南無阿弥陀仏と称す」とあります。つまりは、十回の念仏を声に出して唱えることで極楽浄土へ往生できると説かれています。

お焼香とは?

焼香は仏様や故人様を供養するだけでなく、自らの心身を清めるものでもあります。作法としては、右親・人・中の三本の指でつまみ、左手を下に添えつつ額あたりまで持ち上げ、その後に香炉にくべ、合掌・一礼します。回数は1~3回で明確に決まっておりませんが、基本的には心を込めた1回でお願いしています。

お参りについて

古い塔婆はどうすればいい?

法事などの際、塔婆立て入りきらなかった場合は、古いものから抜いて、墓所端の専用スペースに運んでおります。

後日、まとめてご供養の上、業者に引き取ってもらいます。

墓所が寂しくなるのでなるべく塔婆は残しておりますが、あまりにも経年劣化が激しいものは虫が湧くなどの弊害がありますので、随時、当山で整理しております。

お参りはどの程度すればいい?

各家様によって差はありますが、当山でもっとも多いのは、年末か年始・春秋彼岸・施餓鬼会(せがきえ)・盂蘭盆会(うらぼんえ)の5回という方です。他にも故人様のお命日・月命日(毎月の亡くなった日)にお参りいただく方もいらっしゃいますが、皆様それぞれご都合もあると思いますので、ご無理のない範囲でお参りいただくのが一番かと存じます。また、来てはいけないという決まりもありません。中には若い方が結婚や就職の報告にお参りされている姿も目にします。何か思うところがあればお参りいただくのがよろしいかと思います。

なお、お参りの際は安全面などの都合上、必ず寺務所にお立ち寄りください。

お墓参りの作法は?

皆様それぞれ馴染みのある形式があると思われますので、周囲に迷惑がかかるようなことでなければそれに沿っていただく形でよろしいかと思います。そのような形が特に無いという方は下記2つの作法の上、お手を合わせ、故人様を思い浮かべつつ十遍のお念仏をお唱えください。

  • 水鉢(みずばち、花立ての間のくぼんだ箇所)に溢れるように水をあげる。こぼれた水は地獄へ届き、幅広い救済にもなるといいます。

  • 体を洗ってあげるつもりで墓石に水をかける。

遠方なのでお参りや法要をしたいが出向けない

お引っ越しなどのご都合で、遠方にお住まいの檀信徒様もいらっしゃいます。そのような方からは施餓鬼会(せがきえ)・盂蘭盆会(うらぼんえ)や、年末などに塔婆回向をお願いされることが多くなっております。ご都合つかない場合などは、そのような形でのご供養もお勤めさせていただいておりますので、ご相談ください。

お参りが可能な時間帯は?

特に制限は設けておりませんが、足下があまり良くないため、夜間はお避けになるほうがよろしいかと思います。朝も極端に早い場合(7時以前)のみご連絡ください。

駐車場はありますか?

駐車場という形にはしておりませんが、境内内に5台程度車は停められます。法事などの際には車でいらしていただき問題はありません。使用は檀信徒の方に限らせていただきます。

ただ、彼岸のピーク時(土日祝の11時~12時半くらい)は埋まってしまう可能性が高く、お待ちいただく場合があります。また、施餓鬼会の当日は業者の搬入などもありますので、できるだけ近隣のコインパーキングをご利用になるか、公共交通機関をご利用ください。

友人の墓所をお参りしたいので案内して欲しい。

もちろんご案内いたします。また、線香は寺務所でおつけしますので必ずお立ち寄りください。線香のご持参は不要です。

法要について

法事の際には何を持って行けばいい?

お花(本堂・墓所)、お供物(故人様が好きだったものなど)、お写真(無くても問題ありませんが、お持ちになる場合は小さいもので大丈夫です)をお持ちください。お花については門前の花屋(ジャングルジャック)に注文しておくことも可能です。
法要について

亡くなってから2年なのになぜ3回忌なのか?

お葬儀を1回目、翌年の1周忌を2回目と数えるためです。3回忌の後は7回忌、その後も3と7がつく回忌をお勤めいただいております。

法要中に撒いている紙は何?

「散華(さんか)」といい、極楽浄土に咲く蓮の花を模したものです。諸仏を供養するもので、元は生花が使われていたといいます。お持ち帰りいただき、お守り代わりにしていただければと思います。

本堂に入る際にまたぐものは何?

象を模した香炉をまたいで身を清めてもらう「触香(そっこう)」という作法になります。男性は左足、女性は右足からまたいでください。この象は香象(こうぞう)といい、青色で香気を帯び、大海を渡るような力を持つ想像上の生き物です。

特殊な法要をお願いしたい。

法事、通夜・葬儀などの他に動物供養や人形供養なども受け付けておりますが、ご希望次第では結婚式、七五三などもお勤めいたします。ご相談ください。

自宅などに出向いての法要をお願いしたい。

回忌など、お住まいに伺ってお勤めしたこともあります。地鎮祭や家屋解体式などもお勤めしたこともありますのでご相談ください。

本堂を借りて別宗派での法要をお勤めしたい。

大変申し訳ありませんが、現在は受け付けておりません。

朝のお勤めに参加したい。

特に時間を決めず毎日6時~8時くらいの間に行っていますので、もしご希望の方は事前にご連絡ください。それに応じて時間を調整します。

入檀・墓所などについて

墓所を見学したい。

見学は随時受け付けております。詳しくは問い合わせフォームや電話でご連絡ください。

墓所は別にあるが回忌や墓前供養をお願いしたい。

承っております。その際は信徒として所属していただきます。当山で法要の後、墓所へご移動される場合は、ご希望によって持ち運びしやすいように通常より短い(3尺ないし4尺)の塔婆をご用意させていただきますのでお申しつけください。

知り合いの石材店にお願いして墓所を作りたい。

管理などの都合上、当山では指定の石材店(梅田石材)のみにお願いしております。ご了承ください。

墓所の名義を替えたい。

御令婿(ごれいせい)、甥御様、姪御様などお身内でお話がまとまりましたらご相談ください。竿石(さおいし)なども替えずに使用している事例もあります。なお、第三者に金銭などを通じて使用権を譲り渡すことや、合葬塔などを経営することは禁止とさせていただきます。

墓所の補修をしたい。

直接、指定の石材店にご連絡いただいても問題ありませんが、まず、一緒に確認し、今までの事例などからご助言、その際の費用などをお伝えすることも可能です。別の石材店への発注はお控えください。

他宗派・他寺院の信徒所属のまま墓所を持ちたい。

現在はお断りしております。当山に墓所を設けられる場合は必ず浄土宗に改宗の上、檀家として所属していただきます。

遠方からでも入檀は可能か?

程度にもよりますが、お参りが可能でしたら問題ありません。また、当山の檀信徒には近隣の方もいますが、もっとも多いのはおそらく横浜市在住の方です。

施餓鬼について

施餓鬼の由来とは?

年間行事の方でも触れましたが、お釈迦様の弟子で、聞法第一といわれた阿難尊者に由来するものです。

あるとき、阿難尊者が瞑想していると餓鬼が現れ、「お前は三日後に死んで、私のように醜い餓鬼に生まれ変わる」と言いました。

恐れた阿難尊者がお釈迦様にどうすればよいか尋ねたところ、「三宝(仏・法・僧)を供養すると同時に、無数の餓鬼たちに食物をほどこして供養すればその功徳により救われる」と答えました。

その通りにした阿難尊者は無事、身の危険を逃れることができました。

この故事に基づき、餓鬼だけでなく、無縁の 諸精霊を供養し、その功徳を先祖に回し向けるとともに、ご参列の皆様の福徳を祈念する法要です。

法要だけでなく、お斎や法話・余興もございますので、ぜひご参加ください。

施餓鬼にはどのように参加すればいい?

一月前の4月17日にお知らせを発送いたします。

ご都合よろしければぜひご出席いただきたいところですが、日付が5月17日で固定のため平日の場合は厳しい方も多いと思われます。

その場合は、ご欠席でもお塔婆をあげてご先祖様をご供養いただければと思います。

なお、途中からのご出席やご退室も問題ありません。

参加は強制?

強制参加とはしておりませんが、施餓鬼・盂蘭盆会の合同法要に関しましては、最低いずれかにはご参加いただきたく思います。

ご欠席で塔婆供養のみという形でも問題ありません。

盂蘭盆会について

盂蘭盆会(お盆)の由来とは?

こちらも年間行事のほうにありますが、お釈迦様の弟子の中で神通第一といわれた目連尊者に由来します。

あるとき、目連尊者がその神通力で亡き母の様子を調べたところ、餓鬼道に落ちて苦しんでいました。

優しかった母を何とか救いたい目連尊者はお釈迦様にその方法を尋ねました。

お釈迦様は「お前の母が餓鬼道に落ちたのは子どもかわいさに自分本位の行いをしていたためだ」と答えます。

そして、それに対する救いの方法として、7月15日に行われる修行を終えた僧の集まりに食べ物を振る舞うことを伝え、それによって目連尊者の母親は救われたといいます。

さらにお釈迦様は、「このように7月15日に僧や多くの人に食べ物を振る舞えば自身のみならず、その先祖も苦しみから救われる」と説きました。

この故事に由来するものが盂蘭盆会です。現代日本では古来の風習と結びつき、祖先が戻ってくる期間とされています。

新盆はいつ?

新盆供養は5月の施餓鬼と7(8)月の盂蘭盆会両方で行っているので、混乱を避けるために「5月17日までに戒名をお授けした方」までを当年の新盆として区切っております。

そのため、5月18日以降の方は翌年を新盆としております。

7月と8月どちらに参加すればいい?

都内では7月の盂蘭盆会が一般的ですが、他府県にお住まいの檀信徒様にはピンとこない方もいらっしゃると思います。

そうした方に向けて8月にも法要を行っております。参加はご都合のよい方や馴染みのある方などでご判断いただいて構いませんし、両方に出席する必要はございません。

なお、欠席の場合の塔婆供養はご指定がない場合はランダムで割り振っておりますが、都内の方は基本的に7月いずれかでご供養しております。

迎え火・送り火が行えない場合は?

住宅事情も様々で、盂蘭盆会の迎え火・送り火が炊けない方も多いと存じます。無用なトラブルを避けるため、そうした場合は無理に行う必要はありません。

代わりに、可能であればお仏壇やお位牌前でお線香をつけていただければ結構です。

当山では13日・15日にそれぞれ送り火・迎え火(送り出す側なので逆になっています)を炊いております。

彼岸について

お彼岸とは何?

仏教用語では、迷いの多い現世を此岸というのに対し、悟りの境地のことを彼岸といいます。

ただ、一般的には春分・秋分の日を中日とした前後3日間の一週間の彼岸会のことを指します。

阿弥陀仏の浄土である極楽浄土は西方にあるとされ、太陽がほぼ真西に沈むこの両日には極楽浄土へ思いを馳せて往生を願うとともに、先に往生されている先祖へ感謝・供養するものです。

現在のような年中行事となったのは江戸時代頃とされています。

いつお参りすればいのか

基本的に春分・秋分の日を中日とした前後3日の1週間を指しますが、その前後でお参りいただく方も多くなっています。

3月・9月ともに期末のお忙しい時期ですので、現役でお仕事中の方にとっては大変な時期であるとも思われます。

「お彼岸とは」の項目でも書きましたが、重要なのは西方に思いを馳せ、往生を願うとともにご先祖を供養するお気持ちです。

ご都合よろしい付近のタイミングで、ぜひ皆様でお参りください。

ちなみに、春分の日は「自然をたたえ、生物をいつくしむ日」、秋分の日は「祖先を敬い、亡くなった人々を偲ぶ日」とされていますが、どちらもご先祖をご供養いただければと思います。

お彼岸の塔婆について

以前から、一部のお檀家様よりお参りの際などにお願いされておりましたが、当日依頼の場合、どうしてもその場でお渡しすることができませんでした。

また、人手不足や期間中に葬儀がある場合もあり、最悪、お彼岸を過ぎてしまうケースも出ておりました。

そのため、事前にお申し込みいただき、彼岸入りの日に法要をお勤めして供養し、お参りいただいた際にお渡しするという形にさせていただきました。

年末とお盆のお知らせとともに、お申込書を同封しております。(定着しましたら、ホームページの告知のみなどに改めるかも知れません)

「施餓鬼や盂蘭盆会には出席できないが、彼岸ならお参りに行けるので」ということでお申し込みの方もいらっしゃるようです。

このあたりはご自由にご判断いただいて構いませんので、ご希望の方は前もってお知らせ下さい。

お彼岸の法要について

毎年、彼岸入りの日10時より法要をお勤めして塔婆供養をしております。

こちらは法話など特殊なイベントは現在行っておらず、お参りのタイミングもありますので、無理に合わせてご出席する必要はございません。

ご供養した塔婆につきましてはお参りいただいた際お渡しています。

ご多用でお参りにいらっしゃれない場合は、こちらで墓所のほうに供えさせていただきます。

なぜお彼岸にはぼたもちやおはぎをお供えするのか?

まず、春彼岸ではぼたもち、秋彼岸ではおはぎと呼ばれています。

由来としては、春の場合は小豆の粒を春に咲く牡丹の花にたとえてぼたもちと言うようになったといわれます。

一方、秋の場合は、秋の七草でもある萩の花が小豆の粒に似ていることから萩餅、これが転じておはぎとなったといわれます。

これらをお供えする理由は、餅には「五穀豊穣」、小豆には「魔除け」の意味を込めて先祖にお供えするようになったためといわれます。

地方によってはこしあんがぼたもち、粒あんがおはぎなどの区別をつけるところはあるそうですが、和菓子店で買うもので問題ないと思われます。

なお、当山ではお施餓鬼の大福でおなじみの松島屋さんでも取り扱いがあります。ご興味あれば並んでみてはいかがでしょうか。

ペット墓所について

ペット墓所はどこにある?

当山墓所を入り口から真っ直ぐ進み、開山上人墓所のさらに先、焼却用の炉の左奥にあります。

ペット墓所を利用したい場合は?

檀信徒の方はお申し出いただければ日程調整の上、対応いたします。

一般の方はこちらも確認事項がありますので、一度ご連絡いただき、見学・説明の上でご判断いただければと思います。

もし、どなたかのご紹介の場合は、はじめにお知らせ下さい。

利用上の注意事項は?

まず、遺骨を空けてしまうタイプの合葬墓なので、一度納骨した遺骨は返却不可能なので、ご了承ください。

その他は一般墓所の利用に準じますので、お参りの際は寺務所にお立ち寄りいただく、墓所内で火気を使用しない、お供えはその場で持ち帰るなどのご協力をお願い致します。

檀信徒以外でも利用できますか?

ペット墓所のみの利用も可能です。

その場合は当山に檀信徒として所属する必要はありません。

また、浄土宗および仏教に改宗する必要もありません。他宗派やキリスト教・神道等の所属のままでも問題ありません。

ただし、法要は浄土宗の教義・作法に基づいて行いますのでご理解ください。

ペット墓所に埋葬できる動物の種類は?

現在は犬、猫、兎、鳥が埋葬されていますが、フェレット、ハリネズミなどでも基本的には問題ありません。

土葬は不可なので、業者で火葬の上遺骨をご持参ください。業者は紹介も可能です。

ただし、以下の場合は埋葬できません。
・ご家庭で飼育されていなかったもの
・納骨口から入らないほど遺骨が巨大で、小さく砕くことも難しいもの
・日本の法律上、飼育が認可されていないもの
・ワシントン条約などで商取引が制限されているもの

ペットでも四十九日に納骨するもの?

ペットロスは非常に辛いもので、四十九日までに割り切れない場合も多々あると存じます。

その場合は、もう少し気持ちの整理がつくまで、ご一緒にいてあげることがよろしいかと思います。

そのため、納骨の日時については任意で結構です。数年前に亡くなった遺骨をお持ちになる方も多くいらっしゃいます。

ただし、ご自宅でご供養されている間は、湿気などにご注意ください。

ペット法要の出席は必要?

納骨の際には墓前(ご希望の場合は本堂でも)でお勤めさせていただき、塔婆も1本(ご希望次第ではそれ以上でも)をお供えさせていただきます。

こちらは遺骨をご持参がてら、可能な限りご同席いただければと思います。

以後、西暦奇数年に行っているペット合同法要についてお知らせをお送りさせていただきますが、こちらご不要の場合はお知らせ下さい。

この法要でも他と同様、欠席で塔婆供養のみ希望という形でも受け付けております。

合同法要の際には「愛玩動物諸霊位」の形で供養自体は継続させていただきます。

身に覚えのないペット合同法要のお知らせが届く

一応、代替わり後も合同法要についてのお知らせはお送りさせていただいております。

しかし、ご両親と別居されていた場合は、表題のような事態になるかと思います。

その際は、お知らせの停止について遠慮なくお申し出ください。

以後は、合同法要に際し、併せて供養する形にいたします。

ペットは往生しますか?

この点について、浄土宗では正式な結論が出ておりませんので、ここで明確に記載するのは少々問題があります。

ヤフーニュースや週刊誌でも取り上げられているので、この点についての議論が起こっているという話をご存じの方も多いと思われます。

しかし、ここでの議論のキーポイントとなっているのは「順次往生」と「順後往生」という点です。

前者は亡くなってすぐに極楽浄土へ往生するということ、後者は亡くなった後に人など別のものに生まれ変わり、そこで仏の教えに出会って往生するということです。

どちらの説でも、最終的には往生するということで変わりありません。そのため、往生するといって問題ないと思われます。

当山でももちろんこれ以上の苦しみを受けることなく、即座に仏様の力によって往生しているという心持ちでお勤めしております。