お知らせ
【連載】檀家信徒の皆様へ近況報告と法話 第76回
2026.03.02
冬の寒さもほどほどになって参りました。
墓所入口には花もちらほら咲き出しまして、春の兆しが目にも見て取れます。
経年と共に冬の方が辛くなってきており、暖かくなるのはありがたいところ。
剣道をやっていた頃は夏が嫌で仕方ありませんでしたが、年々老化を感じます。
お参りの皆様も御歳を重ねておられますが、近年は90歳でも元気な方が多いですね。
素晴らしいことだなと思いつつも、ふと私の両親にも目を向けてみれば今年で米寿と卒寿、そのお元気な方のカテゴリに含められるかもしれません。
二人とも足は三本になっていますが、それでも病気もせずにいるのは平均寿命が長くなっていることや医療の進歩を感じる次第です。
春彼岸は年度末でお忙しい中とは存じますが、気温などの条件でいうとお参りしやすい時期となっています。
何度かお知らせしている通り墓所も全面的な舗装が完了しております。
今までのように不安定な飛び石状態の箇所も減っておりますので、ぜひ皆様でお集まりいただければと思います。
また、駅ビルも営業を開始しており、ランチタイムは比較的リーズナブルな価格設定になっているようです。
昨年秋のオープン時に比べて行列も軽減されていますので、お食事の際にはご活用ください。
そんな春彼岸前の法話です。
彼岸は昼夜の長さがちょうど半々、そのため仏教の中道の教えを示すものとして修行の好機とされています、というのは何度か出したお話です。
先月は彼岸でもないのにこの中道というワードをやけにも聞きましたが、極端にブレず真ん中あたりにいるというのはなかなかに難しいことかもしれません。
我々は主観の世界で生きており、立場や利益、その他諸々の事柄に左右されます。
これを一切除外して全てを判断できる方などはいないでしょう。
昔、漫画ですが『ドラえもん』を読んでいたとき「戦争なんてどっちも自分が正しいと思っている」などという言葉が出てきましたが、まさにそれでしょう。
仏教には「如理作意(にょりさい)」という言葉があります。
簡単に言ってしまえば「正しく判断すること」といったところでしょうか。
状況やら何やらで考えが左右されるのはもちろんのことなのですが、人間はその感覚でも常に判断が狂わされます。
大きな音がすれば驚いて混乱しますし、空腹であれば少し待たされただけでイライラしたり冷静な対処ができなくなることもあります。
しかし、これらも自分だけの感覚、大きな音がしても耳が悪い方であれば驚きませんし、お腹が満たされている人であれば上記のような状況には陥りません。
このようなことを踏まえた上での正しい思惟や実践、そう簡単にできることではありません。
しかし、お彼岸は先祖供養であるとともに修行の期間、お参りの往復の間だけでも上記のようなことを考えてフラットな状態を心がけてみるのはいかがでしょうか。
普段の道のりも少し変わって感じるかもしれませんよ。
