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【連載】檀家信徒の皆様へ近況報告と法話 第75回
2026.02.01
1月もあっという間に過ぎ去っていきましたが、皆様如何お過ごしでしょうか。
年末は早めに恒例記事もアップして多少の余裕を、とは思っていましたが、実のところ30・31日と葬儀がありました。
これまでは12月は葬儀が少なく、年が明けて気が抜けたかな、というような1月葬儀が多かったのですが、近年は逆にあまりありません。
世代間の価値観の相違がこんなところにもあるような感覚を覚えますが、偶然ではなさそうです。
毎年、1月は修正会という名のもとに新年会的なものがあるのですが、そこでも昨年末は葬儀が多かったというような話を聞きました。
それと同時に1月は社労士のほうの業務が一気に増えました。
賀詞交歓会に行っただけではなく実務がそれなりにあり、学びが多かったといえます。
都内では宗教法人に対する労働保険手続きの勧奨があるようで、それも影響しています。
労働保険・社会保険に関してはあまり知識がない方も多いようで、悪意をもって加入逃れをしているわけではないものの、未加入の方も多いようです。
とはいえ、過失だろうと悪意だろうと違法は違法ということで、取り締まる側からしたら処置の必要があるわけです。
宗教法人といえども現代は街中で共存している中、世の習いについては従わなければなりません。
あまりこじれて社会問題にならないことを祈るところです。
そんな年始2回目の法話です。
年末にいつもお参りいただくカトリックの神父様から面白い話を聞いたので備忘録を兼ねて紹介します。
12月25日はクリスマス、イエス・キリストの誕生日というのは周知の事実です。
では、キリスト教で年始は何をするかという話なのですが、マリア様への感謝を捧げるそうです。
そこで付け加えとしてあったのが、(養)父であるヨセフに感謝するイベントが実はないという話でした。
生誕のいきさつなどを考えると実父というわけでもなさそうなので、教義や諸々の話の都合難しいところではあるのですが、少し面白い観点だなと感じました。
一方、仏教で父親はどうなのでしょうか。
しばしば、父母への報恩のような話も出てくるため蔑ろというわけではないのですが、仏教のメジャー父はあまり手放しで素晴らしい方といえなかったりします。
たとえば、お釈迦様の父、シュッドーダナ(浄飯王)は息子が偉大な王か宗教家になるとの予言を受けて、29歳まで宮殿に押し込めて育てています。
手塚治虫の『ブッダ』にも登場するアジャセ(阿闍世)の父ビンビサーラ(頻婆娑羅)は不吉な予言を恐れ息子を殺そうとしています。
あまりよろしくない面が有名になっているところがあります。
身勝手な一面ではありますが、いきさつを知ると実に我に忠実なところがよくわかります。
これを見ると自分自身も父として恥ずべきことをしていないか反省する良いきっかけになります。
そう考えると特定の日に父に感謝はせずとも、常に自身を振り返るということで良い教材なのかもしれませんね。
