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【連載】檀家信徒の皆様へ近況報告と法話 第53回
2024.03.01
年度末、春彼岸のシーズンとなって参りました。
今年の2月は初夏のような日がやってきたと思えば台風レベルの強風が吹いたりと、特に異様な状況でした。
確か、コロナ禍前年頃も3月が妙に暖かく、彼岸前に枝垂桜が咲いていたことがありましたが、それ以上の季節外れ感でした。
こういった季節の変わり目が訪れると、我々世代でも身体に不調をきたすところですので、どうぞコンディション管理には十分ご配慮ください。
暑い寒いも困るものではありますが、先の話でもっとも厄介なのは強風です。
別のお知らせにも記載しておりますが、山門のつくりに問題があり、風が強い日に開け放っておくことができません。
史跡指定などの都合、どうしても山門は開放しておく必要があるのですが、騒音や破損の問題が発生します。
また、免許取り立ての若い方が運転してくると、スペースが狭いため通過に不安があるようです。
慣れると何ということはないのですが、私も運転がうまいわけではないので気持ちはわかります。
いずれは改修が必要ではありますが、大きいプロジェクトとなってしまうため、数年内にとはいきません。
私が在職中の課題のひとつですので、計画の段階になりましたらご意見等を伺うかもしれません。
そんな春彼岸前の法話です。
過日、必要になったため、先代の僧名や資格取得時期を宗に問い合わせました。
資格をとったのが昭和50年、私が生まれる3年前、37歳のときということでした、これはかなり遅い話です。
本来、私の叔父が承継していたところを諸事情で、という背景があるは檀家の皆様はご存じかと思います。
その頃は祖父も亡くなっていたので、師にあたるのは隣の寺院の先代住職だったようです。
私の幼少期には普通に住職を務めていた印象でしたが、思うとまだ駆け出しだった頃ということになります。
そして、70代前半で法務から退いていますので、実質30年程度の経験です。
住職として30年というのは50歳で晋山して80歳まで現役であれば妥当なラインとも思いますが、先代の場合ブランクもかなりあるので、僧侶の経歴自体は短い部類でしょう。
私の友人などでも先代がいない状況でいきなり住職、というケースは何人かいますが、やはり最初がかなり大変だったというのは共通する話です。
法要ひとつとってもそのまま引き継げばいいというものがないわけで、本当にベースから作っていくこととなります。
先代の場合は部内に高名な先生も多かったこともあり、本当にわからないことは相談した上で形成していったようです。
今にして思うとブランクがあったことなどから、檀信徒側に立ったスタイルを重視していたように思います。
かつては本堂も座布団だったこともあり、必要以上に法要を長くしないことや、何となくありがたみが感じられる所作などをよく調べていたように思います。
ただ、間違いや専門性に欠けるものも多かったので、私が資格をとった20代頃は、いい加減なものだななどとも思ったものです。
しかしながら、経験とともにそうした方針についても理解ができる局面があり、各寺院独自のスタンスというのもよくわかるようになってきました。
こうした気づきも経験から得られると考えると、自身の考えとは違う方向性であっても重要なものと言わざるを得ないですね。
自身の考えが絶対としてその面を見ないことはまさに「愚かさ」なわけです。
教条主義・形式主義に陥らないためにも、こうした柔軟性は持つ必要がある要素といえるでしょう。
とはいえ、総合的に見ても向上の余地がある点も多々あるので、これは私の代でうまく形にしていく必要があるとは思います。
これは私が経験や学習を踏まえてこなしていく課題です、引退まで突き詰めていきたいと思う次第です。