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掲示板の言葉 vol.2 「脚下照顧」
2022.12.09
掲示板のことばも2回目となりました。
あまり仏教から直接とらないという方針ではあったのですが、早速2回目から仏教、しかも、禅宗からの言葉です。
理由はちょっとしたことを思い出したため、忘れないうちにテーマとした次第です。
まず、意味としては漢字の並びを見ると何となく想像できるかと思いますが「自分の足元をよく見よ」ということです。
「悟りに向かって外へ何かを求める前に自らを見直してみるべき」という戒めが込められています。
そこから転じて「人になにかする前に自分のことを見直せ」さらには、「日頃の生活を直視せよ」という意味合いでも使われます。
この言葉は私が学生時分の剣道部の道場のトイレに貼られていました。
附属校のため高校時代から使っていた場所ではあるのですが、ある日、あまりにもトイレのスリッパが散らかっていることに怒ったコーチが書かせたといっていました。
他の部も利用しているところなので、もしかしたら別の部員や体育の授業で利用した人がいたのかもしれませんし、もちろん私たちの中でがさつな者がいたとも想定できます。
武道には「残心」というものがあります。
剣道でいえば打突の後、次に備えて気を緩めず構え直すことにあたります、他でも同様のことです。
日常生活においても何かをやりっぱなしのようなことはまさに残心がないのです。
そのようなことを日常に落とし込めなければ上達はないし、もちろんマナーとしても悪いわけで、このような注意を受けるのは恥ずべきことでした。
ところが、残念な話ではありますが、そのような意識がない人もいるのは事実。
綾瀬の東京武道館にしばしば大会で出向いたのですが、館内は土足禁止のため、トイレもスリッパが用意されていました。
剣道部員の集まりのはずなのですが、概ねそこが整頓されていることはありませんでした。
応援などの部外者かもしれませんが、名門のレギュラークラスの人の可能性もあるわけです、そうであれば非常に残念は話です。
そんな中ですが、2年上の、私が非常に尊敬している先輩は散らかっているスリッパを直していたそうです。
その先輩は中学のカテゴリからずっとエース格で、その日も試合に臨むところであったはずで、集中状態に入っているはずでした。
それにも関わらず足元に目を向けられる、日常に武道の精神を落とし込めている素晴らしいことだと思いました。
そして、それを見ていた職員の人が感心して手ぬぐいをくれたということです、もちろん、この話はそれを見ていた別の先輩から聞いたのですが。
本来であればその場にいるすべての人がやるべきはずのことですが、なかなかそうした細部にまでなかなか気を使えない人がいるのも事実です。
しかし、スリッパをそろえる程度のこと、当然のマナーですし少し気を回せばだれでもできること、まさに脚下照顧です。
些細なことでも注意を払って自分の行動を心がければ余計な問題が発生しなかったり、逆に手間がかからなかったりするものです。
ぜひ、皆様も日常生活、足元といわず、色々なところを見つめなおしてみていただければと思う次第です。
最近は空手の道場に通っておりますが、全体がいつも整っている様子を見て思い出した話でした。
なお、この紙は来月から玄関のトイレに引っ越し予定です。